10th
『のはなしに』(伊集院光著・宝島社)より。
(伊集院さん愛用のノートパソコンが故障してしまったときの話です)
【すぐに購入した家電量販店にパソコンを持っていくと快く「すぐにメーカーに頼んで無料修理をいたしますので、3週間お預かりいたします」という。3週間は少々痛いが、無料で直るのならいたしかたがない。と、パソコンを預けて帰宅。ここまでは良かったのだが…。
3週間後、家まで宅配便で送ってくれるといっていたパソコンが届かない。問い合わせてみると、なんだかんだあった後に「メーカーに直接聞いてほしい」ということになった。
その通り問い合わせてみると、メーカーの担当者が「すみません、あと3週間かかります」としれっというではありませんか。10年後の約束が3週間延びるのならばしれっといわれても仕方ないが、これでは倍の時間がかかるということではないか。びっくりして「ちょっと待ってください。これは仕事で使っているパソコンなので、そんなにかかるのならば最初にそういってもらわないと…一体どういうことなんでしょう?」といい返すと「少々お待ちください」と電話を保留する担当。
「三週間後に出来ます」っていって、三週間後に電話をかけたら「後三週間」ってどういうことだ? 修理作業20日目にして新たに3週間かかることが判明したってことか? そうじゃなければどこかで期日延長の連絡があってしかるべきじゃないのか?
考えていると3分後「明日出来ます」ときてまたびっくり。先ほどの僕の声に多少不満のトーンはあったかもしれないが、誓って怒鳴ったり声を荒げたりしていない。いやいや、そんな問題じゃない。こんないいかげんな対応があるだろうか?
僕が最初に「わかりました」といっていたら、どうなっていたんだ? 間違いなくまた3週間待たされたはずだ。これが「ごね得」というやつか? いや「ごね得」なんかじゃない「ごねない損」を回避しただけで、得なんてしちゃいない。不愉快な思いをした分まだ少しばかりの損だ。
本当は「ちょっと待ってくださいその対応はおかしいでしょう、3週間といったり明日といったり…」と詰め寄るべきなのだろうが、そうなるとクレーマー扱いされるという恐怖があったし、何より僕は「早くパソコンが手元に届くならいいや」という気持ちでそれ以上話をせずに電話を切ってしまった。
あとで「『クレーマーだから順番を早めてサッサと渡しちゃおう』ということだったのかも…」と思ったらなんか自己嫌悪と怒りの入り混じったひどく屈辱的な気持ちになった。
僕はこういうことが嫌いだ。うまくいえないが、こういう応対が世の中をどんどん悪くしていると思う。「素直に承諾したものが損をする」というシステムは絶対に違う。こんな経験のせいで僕は次にこういうことがあっても一度訊き返すことだろう。正しいことをいってくれていても素直に「ではよろしくお願いします」ということはできないだろう。メーカーは期日がかかることが正当な理由なら毅然とした態度で譲らないべきだし、ミスがあるなら謝るべきだ。ひいてはみんなごね得を狙うようになる。絶対にメーカーもしっぺ返しを食う。
結局翌日の夜、パソコンは手元に届いたが、僕は少しダメになった。】
~~~~~~~
この伊集院光さんの『のはなしに』は、非常に面白く、また考えさせられるところも多いエッセイ集なのですが、この話は、僕にとっては、共感できるものであり、その一方で、耳に痛いものでもありました。
サポートセンターで働いている人が書いた文章を読むと、「パソコンの素人たちが投げかけてくる無理難題の数々」に対応するのは、ものすごく大変なんだろうなあ、と考えずにはいられません。
でも、たしかにこのメーカーの「対応」はあまりに酷い。
何の連絡もなく、期日になって、いきなり「あと3週間」(…って、伊集院さんのパソコンは、すっかり「忘れられていた」ということなのでしょうか…)などと言われれば、怒らないほうがおかしいとは思いますが、それ以上に「何だそれ?」と感じたのは、ちょっと「それはおかしい」と言っただけで、「じゃあ明日出来ます」という豹変っぷりです。
じゃあ、それってもともと1日でできる仕事なんじゃないの?という気がするし、もし、「本来の順番を飛ばして、あなたのパソコンを優先的に修理します」というのなら、それは「修理するメーカーも忙しいんだろうしなあ」と何も言わずに待ってくれている人は、どんどん後回しにされていく一方だということになります。
たしかに、「そんな世の中はたまらない」のだけれど、そういう伊集院さんですら、結局は「自分のパソコンが早く帰ってくるのだったら、ここで事を荒げても面倒なだけだな」と考えてしまったのもまた事実。
もし僕が同じ目にあったとしても、おそらく、同じように「煮え切らない思いではあるけれど、これ以上あれこれ言っても、嫌われるばっかりで何のメリットもないよな」ということで、「優先修理」を受け入れておしまいにしてしまったでしょう。
実は、病院でも、こういうケースはあるんですよね。
「あの患者さん、順番はまだですけど、待たせるとすぐ腹を立てて文句ばかり言うし、他の患者さんにも迷惑だから、先に診察してしまいましょう」という看護師さんに、医者になりたての僕は「それはおかしい」と何度も反論したものです。そして、何度も「面倒なこと」が起こりました。
「医者も忙しいのだから」と、黙って長い時間待ってくれている患者さんはどんどん後回しにされて、自分の都合の良いようにならないと騒ぎ立てる人が優先されるのは、どう考えてもおかしいのに。
……でも、最近の僕は、正直、そういう場に置かれたときに「余計なトラブルを起こすとかえって時間もかかるし、そうなるとめんどくさいから、先に診てしまう」ことが多いです。ほんと、僕も少しどころではなく、「ダメになった」と思う。
社会の末端のレベルでは、そういう「妥協」をしないと、不毛なやりとりで精神的にどんどん消耗していって、外来は大騒ぎする「モンスター患者」で雰囲気が悪くなり、全体の予定も遅れ……ということが起こるし、それを「自分から正していく」ほどの気概も余裕もないのです。
僕にできることは、待たせてしまった「黙って待ってくれていた患者さん」に、「お待たせしてすみませんでした」と謝ることくらい。そういう患者さんは、だいたい嫌味のひとつも言わずに「先生も大変ですね」とねぎらってくれる人すら少なくないのですが、内心は「いい人でいようとすると、余計に待たされる」ということに不満を感じている人もいるんじゃないかなあ。
僕は思うのです。
今はまだ、「ごねるのは、みっともない」という雰囲気が社会に残っているのですが、このままどんどん「ごね得」な世の中になってしまったら、「ごねる人」はもっと増えていくだろうし、みんなの「ごね」は、どんどんエスカレートしていく一方のはず。
そうなったら、サービスをする側にだって、いつかは必ず「限界」が来ます。すべてのパソコンが1日で修理できるわけがないし、外来の患者さんを十人いちどに朝一番に診察するのも不可能なのだから。
しかしながら、現時点で、この「ごね得社会」がどうすればマシになるのか、僕には良い解決法が思い浮かばないんですよね。
僕にできるのは、「優しく待ってくれている人」が、どこかでその分幸せになってくれていることを祈るくらい、なんだよなあ……
じゃんけんで決める、と教官が言った。はあいと私たちはこたえた。私はそのとき大学生で、ゼミのキックオフミーティングに参加していて、発表の順番や雑用の担当を決めていた。
そのあとの飲み会で、でもどうしてですか、と誰かがたずねた。なんでじゃんけんなんですか、先生が適当に割りふるとか、話しあって決めさせるとか、そういうんじゃなくって。
彼は眉をたがいちがいに動かしてから、偶然がいちばん正しいから、とこたえた。
あのさ、みんな人前で発表するのとかはじめてじゃんか。なるべく遅くにやりたいよね。文献読むのだって先延ばしにしたいだろうし。俺が学部生のときだってそうだったもん。ほかに楽しいこといっぱいあるし、とにかく布団から出たくねえよ、みたいな日もあるし、バイトで稼ぐのがいちばん大事な時期もあるし、だいたい、若いとすぐ変なこと考えてなんか穴っぽいところにはまるんだからさ、あれってなんだろうな、ホルモンバランスが崩れてんのかな、まあともかく、そういう若者であるところのみんなに、偶然以外のなにかで適切に負担を割り振れる気が、俺はしないんだ。
先生わかりませんと別の誰かが言った。じゃあ一般化する、と彼はこたえた。赤いベレー帽をかぶってくれないかなと私は思った。彼は有名なゲームの主人公に似ていた。
正解がないものごとを決めるときにはいくつか選択肢がある。えらい人が決めるとか、話しあって決めるとか、外から決める人を呼んでくるとか。でも話しあいにも独断にも材料が必要で、世の中のけっこう多くの課題には判断の材料がない。ないのにあるふりをするのはきれいじゃない。それなら偶然のほうがずっといい。神さまがいない人はそうするしかない気がする。そういう理由で、うちのゼミの最高意志決定機関はじゃんけんです。
彼はそう話し、私たちはあまりぴんとこなくて、適当な相槌をうった。彼はまた眉をたがいちがいにして、わかってないなあ、と言った。
若いうちはわかんないのかな、偶然に起きてしまったものごとの暴力的な説得力が。努力とか才能とか、人為のほうが立派だと思ってるのかな、そういうのももちろんすばらしいと思うけど、でも偶然はなにしろ圧倒的に強いし、美しいよ。だから俺はじゃんけんが好きだ。
それから十年が経った。どうしてだか機会があって、何年かに一度は彼と会う。
仕事の相談をした後に近況を訊かれて、相変わらずですと私はこたえた。だめじゃん俺なんかこの三年で結婚して子どもできたよ、もっとがんばれ。彼がそう言うので私は笑って、どうして先生と同じ方向にがんばらなきゃいけないんですかと言った。
ごめん嘘ついた。実はがんばってない。家庭を持ったのはたまたま。彼はそう言ってまた私を笑わせ、じゃんけんの話おぼえてる、と訊いた。私はうなずいて、偶然が先生の神さまだっていう話ですよねと確認する。なんだつまんない覚えてなかったらまた話そうと思ったのにと彼は言った。
それなりに年とって、結婚どうしようかなーと思って、偶然で決めようと思ったんだよね。相手のことはもちろん好きだったけど好きなら結婚するってものでもない。子どもができたら子ども命になっちゃったけどそのときはそんなことわからない。どっちもいいような気がした、どっちもいやな気がした、でも選択しなくちゃいけなかった、そのときするか一生しないかっていうタイミングで、だからお告げがほしかった。ひとりでじゃんけんはできないからコインを投げた。今でも持ってる。
彼はそう話してから落ちつきのない動作で十円玉を取りだし、当たり前のように投げてよこした。さっきの相談、それ投げて決めなよ、俺も正解わかんないからさ、俺の神さま貸してあげる、表か裏か決めて投げて、ほら今、すぐ。
私はそのコインを投げた。
むしろ最後の無音が一番の聴き所だとさえ思っているんだけどちがうの。
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41 おさかなくわえた名無しさん sage New! 2005/05/12(木) 05:07:41 ID:M8tkjIAo
近所のおじさんがマムシを捕まえてきて焼酎の入ったビンの中に閉じ込めた。
4~5日たってマムシも動かなくなり蓋を開けてコップに焼酎を注ごうとしたら
突然マムシが復活してビンの中から出てきておじさんに噛み付いた。
笑っちゃいけないんだけど思わず;`;:゙;`(;゚;ж;゚; )
42 おさかなくわえた名無しさん sage New! 2005/05/12(木) 07:39:52 ID:R6w8i8xc
»41
まぁ、一ヶ月ぐらいは余裕で生きてるしね。
45 おさかなくわえた名無しさん sage New! 2005/05/12(木) 10:41:07 ID:LLasSdMq
すごい生命力だからこそ薬になるんだろうな
48 おさかなくわえた名無しさん sage New! 2005/05/12(木) 13:16:55 ID:Ibd6kPyC
マムシ酒ってどうやって作るんだろうって調べてみた。
(1)一升瓶の中に水を半分入れ、生きたままのマムシを入れる。
(2)水を取り替えながら一週間ほど経つと、余分な排泄物が全部出る。
(3)全水は捨て、35度の焼酎を一升瓶半分入れ、マムシが弱まるまで待つ。
(4)弱ったら、焼酎をビンの口元まで入れ、3年ほど寝かせると出来上がり。
どっこい生きてるってモンじゃないな、すげー生命力 (((( ;゚Д゚)))
49 おさかなくわえた名無しさん New! 2005/05/12(木) 13:46:43 ID:qlEv8ESQ
»48
1~2の状態の水漬けマムシを見た事あるが、中から威嚇されてこわかった。
「本日いらしているお母さんお父さん方は、なんでお子さんがTVゲームに『ハマる』のか、全くわからない方がほとんどだと思います。今日はその辺りについて、TVゲームを作っている側のワタシが、その仕組みについて解説させていただこうかと思っています。なにせ、子供をゲームにハマらせようと、あれこれ知恵を絞っている悪人(笑)というか張本人なワケですから、これ以上に的を射た話はないと思いますよ。それではご静聴よろしくお願い致します。
「まずお話を始める前に、ちょっと皆さんに質問をさせていただきたいと思います。よーく思い出してから答えてくださいね。――昨日、お子さんを『褒めた』という方、いらっしゃいましたら挙手願えますか?それじゃあ、もうちょっと範囲を広げて、今週、お子さんを『褒めた』という方?
「どうやら、あまり多くはないようですね。いや、なんでそんな質問をさせていただいたのかというと、実はここに、子供がゲームにハマる本質があるんですよ。最初っから手の内バラしちゃってますけど(笑)。
「実はTVゲームというのは、遊んでいる人間を『褒める装置』なんです。問題を出して、成功したら褒める。失敗したらペナルティを与える。我々はこれを『ゲーム性』と呼んでいますが、これがまさに、TVゲームという装置の本質なんです。
「誰だって、褒められれば嬉しいですよね? ところが実生活では、褒められる体験というのはあまりにも少ない。お母さん方、お子さんを叱ってばかりいませんか? 『またイタズラばかりして!』とか、『悪い点ばかり取ってきて!』とか。叱る方ばかりが多くなって、褒める方というのはついつい疎かになりがちです。
「でも、ゲームを作っている我々は、なるべく『褒めよう褒めよう』と思いながらゲームを作っているんですよ。毎日褒めたい。毎回褒めたい。出来れば『10秒に1回』、いや『60分の1秒に1回は褒めたい』、そう思いながら、プログラムを作っているんです。さすがに親御さんでも、60分の1秒に1回褒めるのは難しいでしょう(笑)。疲れちゃいますもんね。でもゲームというのはコンピュータですから、疲れずに褒め続けられるんです。
「とは云っても、褒められるだけじゃ飽きちゃいますよね。人間というのは刺激に慣れる習性がありますから、褒められ続けると『またかよ』とウンザリしちゃう。そこで我々は、出来る限り色々な行動に対して褒めようと、手を変え品を変え、色々なバリエーションを用意しているワケです。
「例えばさっき、『またイタズラばかりして!』と云いましたけれど、我々は、同じイタズラでも、創意工夫のある『褒められるべきイタズラ』というものがあると考えてます。大人からしたら、どう見てもイタズラはイタズラで、叱るしかないんですが…というかワタシだって叱りますけど(笑)、でもゲームの中では、創意工夫に対して褒めてあげる。これは、実生活ではあまりないコトですし、だからこそ、子供が惹き付けられるんですね。
「そしてもう一つ、ちゃんと叱ってあげる、というのも重要です。『ちゃんと叱る』というのは、実はすごく難しいコトなんです。子供がハマるよく出来たゲームというものは、ちゃんと叱るのが上手いゲームなんです。ここでは『叱る』と云ってますけど、要は『ペナルティを与える』というコトですか。『なんで失敗したかを理解させながらペナルティを与える』これはとても難しいコトなんですけれど、それが出来れば逆に『褒める』コトも活きてくるワケです。『褒める』と『叱る』とがペアになると、ものすごい威力を発揮しますね。
「ここで注意していただきたいのは、あくまでも『褒める』のがメインだというコトです。よく出来ていないダメなゲームのコトを『クソゲー』なんて云いますが、クソゲーの大部分は、叱るのが下手だったり、褒めてくれなくて叱ってばかりのゲームだったりします。あるいは、絶対に達成出来ないような目標を与えて、全く褒めてくれないゲームなんかもそうですね。子供はクソゲーに見向きもしませんから、やっぱり『褒める』のが重要だというコトです。
「クソゲーと云えば…たくさん褒めてくれるゲームであっても、クソゲーと呼ばれて、子供が見向きもしないモノがあります。それは『ルールがはっきりしない』モノです。褒められたんだけど、なんで褒められたのかわからない、とか、さっきは褒められたのに、今度は褒められなかった、という類のモノですね。子供は不公平に扱われるコトに対しては敏感ですから、こうしたモノは好みません。最近では少なくなってきましたが、昔はこうしたクソゲーがたくさんありました。
「お母さんお父さん方、その日の気分によって叱り方や褒め方を変えてはいませんか? それではまるでクソゲーと一緒で、叱っているコトにも褒めているコトにもなりません。むしろ、子供を混乱させるだけです。そうした態度を取れば取るほど、子供は、良く出来たゲーム、つまり『ちゃんと褒めて、ちゃんと叱ってくれるゲーム』に向かうコトになるでしょう。
「それでは、今日はこの辺にしておきましょう。なんだか、どこかで聞いたような教育論っぽくなってきましたけれど、これは、子供向けゲームを作っているワタシの実感として、同じ結論に達しているというコトです。
「次回は、親御さんが『子供とゲーム』に対してどのような態度を取るべきか、ゲーム制作者としてのワタシの考えを述べさせていただきたいと思います。本日はご静聴ありがとうございました」
私が、某学校のビジネスの講座で教えたとき、戦略と戦術の違いがわかる人?ときいて、的確に説明できたひとはひとりもいませんでした。
たいがいの生徒が
・戦略は大きい話をきめること、戦術は小さいはなし
・戦略は全体の方向性をきめること、戦術は個々の方向性をきめること
といっていました。
全体の方向性ってなんでしょう。
「ビジョンと戦略はどこがちがうのですか?」とつっこむと、
これには全生徒がお手上げ。
まったくもってイメージでしか話してないというのがわかります。
・環境立国として世界のリーダーになる
・福祉立国になる。安心して暮らせる日本を実現する。
これは戦略でもなんでもありません。
端的にいいますと、戦略とは、
「限りあるリソースのなかで、何を捨てて、何に集中するか、トレードオフを決めることである」
といえます。
2のまとめR : 害虫駆除専門家の俺がゴキの姿を見ない家にするアドバイスしてやろう。 - ライブドアブログ (via scarecrowbone) (via budda)
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